HIDのバルブの適合規格について

HIDのメリットは、明るさと消費電力にあると言います。また、明るさは従来のハロゲンランプと比較をしても、倍以上の明るさを持つものだといいます。デメリットと言うと値段が比較的高価であることになるのですが、トータルコストや明るさの安全性を考えた場合は、決して高い物ではないように思えるのです。因みにHIDに交換する場合はバルブの規格がマッチしているかどうかを確認しなければなりません。
いつのころからかLEDということばをよくきくようになりました。今年は節電のなつでますますLEDという言葉をもっと頻繁に聞くようになったかもしれません。数年前まではLEDライトが主流だったようなきがしますが、最近はLED蛍光灯という言葉が主流のように思います。長持ちして、節電につながることが受け入れられる理由なんでしょう。
※この記事は、洋書配信サービス「エグゼクティブブックサマリー」から記事提供を受け、抜粋を掲載したものです。サービスを運営するストラテジィエレメントのコンサルタント、鬼塚俊宏氏が中心となり、独自の視点で解説します。

●3分で分かる「美容ビジネスから学ぶ」の要点

・1800年代半ばには、華やかな企業家たちにより職人の技が生み出した香水の近代産業化が始まっていた
・電気および写真撮影の発達とともに現れた「視覚的自己認識」により、人は自分の容姿に気を配るようになった
・新しく人気を博した19世紀のヘアサロンは、美容製品を販売する有益な販売経路を確立した
・香水のゲラン、リンメル、コティ、ヘアケアのシュワルツコフ、スキンケアのポンズ、チーズブローなどの初期の企業家たちの名前は、現代でも有名である
・移民のマックス・ファクター、ヘレナ・ルビンスタイン、エリザベス・アーデンが象徴的なスキンケア製品および化粧品の基礎を築いた
・販売業者により、ありふれた日用品だった石けんは強力なブランドに変わった
・20世紀初頭、美容業界の中心はパリからアメリカに移行した
・美容製品の需要は、2つの世界大戦と大恐慌があっても衰えなかった
・ブランドが世界展開されたため、美容関連企業は理想美の変化に適応する必要があった

この要約書から学べること

・世界の美容産業はどのようにして発展したのか?
・美容業界のクリエイティブな企業家たちはどんな戦略をとっているのか?

●本書の推薦コメント

 ロレアル、コルゲート、オイル・オブ・オレイ、カバーガールなどの有名な美容ブランドは非常になじみ深く、多くの消費者に愛用されています。また、本書に書かれた、現代の美容産業の起源と成長に関する研究は非常に興味深いものです。著者のジェフリー・ジョーンズは、18世紀にフランスの手袋製造業者が生み出した香料から、今日の美容業界の発展まで、美容ビジネスのルーツをたどっています。

 また、消費者の好み、経済および政治の変動、グローバリゼーション、さまざまな理想美など、世界中の美容市場に及ぼされる長年の影響を本書の中で検証しています。本書は、ビジネスに関するヒントが隠されている良書でもあり、ぜひ、美容業界に携わる人だけではなく、他業種の経営者、経営幹部にも一読してほしい1冊です。

 「美容」それは女性にとって、いや、最近は男性にとっても決して興味を持たないジャンルではないはずです。女性は女性として、男性は男性としての魅力をさらに引き出すのが美容であることは間違いありません。

 それゆえに、美容がビジネスとして成立することは誰しも容易に想像できることだと思います。ただ、一言で美容とはいっても、その中のジャンルは非常に広いものです。何よりも第三者に心地よさを与える事が目的ですから、人それぞれによってその感覚は異なります。

 本書では、美容ビジネスに焦点を絞って、その起源から今に至るまでの歴史、そして現在、世界の先端を行く美容業界のトップ企業が、いったいどのように立ちあがり、現在に至っているのか? という興味深い内容も書かれています。

 誰もが興味を持ち、需要のある業界ですが、実際のところこの業界に絞ったテーマの類書は意外と少ないかもしれません。そういう意味では、この本から学べる事は非常に多いと思います。

●控えめな起源

 美容ビジネスは、香水から始まりました。古代、特に貴族の間で盛んに香りが使用され、中世になると、香水や香料は主に治療目的で使用されるようになりました。肌につけるのではなく、病気の予防のために飲んだり、あるいは肌着や洋服に振りかけるような使い方を行っていました。

 18世紀のフランスでは、手袋製造会社が皮手袋に使用するなめし皮が発する嫌なにおいを消すために、香水を作り始めました。手袋製造会社の多くがフランスのプロバンス地方の町、グラースに集まっており、グラースは香水作りに使用する花や植物を育てるには理想的な場所となっていました。

 また、ルイ15世が作った「香水宮廷」の影響で、石けん、おしろい、毛髪染料の使用が流行になりました。さらに、ヨハン・マリア・ファリナによって薄い香りが新しく開発され、彼が住んでいた町の名前を取って「オーデコロン」と名付けられました。この香りはナポレオンに非常に愛されることになります。

 1828年には、ピエール・フランソワ・パスカル・ゲランが香水、石けん、化粧水をパリに住む貴族たちに売り始めました。その少し後、ロンドンに住むフランス人のユージーン・リンメルは、ステータスと階級に結び付けた香水を開発、販売しました。リンメルは、通信販売、劇場での宣伝を使って香水を宣伝した最初の人物であり、著名なフランスの石板工を雇い、香水瓶のラベルのデザインをさせました。

 意外な話だと思いませんか? 広いくくりの中では確かに、香水も美容の1つでしょう。しかし、香りがその起源であった事は大変に興味深いと思います。現在販売されている香水は素敵な瓶に入ったものが多いと思いますが、視覚から美を追求しようとしたのも、その表れかもしれません。

 しかし、この章でもっとも興味深いのは、ステータスと階級に香水を結びつけ、宣伝と販売チャンネルを結びつけた、本格的な美容ビジネスが香水から始まったことではないでしょうか。

●成功の香り

 19世紀半ばには、ロンドンやパリには何百軒もの香水製造業者がひしめくようになり、その主な顧客は上流階級の人々でした。香水製造業者は、より優れた製造方法に投資し、異なる原材料を探すことで製品ラインと市場を拡大する道を探り始めたのです。

 この新しい香りの研究によって、グラースを拠点とするクリス社(1850年にはすでに500人以上の従業員を抱え、売上は50万フラン以上に達していた)は販売範囲を国外にまで拡大しました。アルジェリアに工場を開き、ゼラニウム、オレンジ、ユーカリなどの天然原料を育て、クリスやウビガンなどの香水製造業者は自然の香りを再現しただけでなく、革新的な新しい香料を合成させました。

 こういった新しい技術が発達した事により、新しい流通経路も生まれました。一部の香水製造業者は富裕層向けの店でしか製品を売らず、また他の業者はより手頃な価格でデパートに商品を置きました。また、アメリカの企業は、パリは世界のファッションとぜい沢という評判を利用しました。ニューヨークを拠点とする香水製造業者であるリチャード・ハドナット社はフランスの名声を利用し、90種類の香りを作り販売しました。

 また、コルゲートなどの他の米国企業は低価格市場に焦点を当てました。さらに、書籍の訪問販売から始まったエイボン社が配った香水のサンプルは、主に女性常連客の間で大ヒットしました。

 20世紀初頭、フランソワ・コティは、大衆の心に訴えかけることで自身の香水製造業を素早く成長させることに成功しました。コティは、香水の瓶をわざと床に落として割り、顧客にその香りをかいでもらうことで、パリの百貨店に自分の最初の製品を取り扱ってもらえるよう説得したのです。

 また、アメリカのマーケターに習い、営業チームを雇ってフランス中に製品を売り歩きました。コティは化粧品も扱うなど製品ラインを拡大し、香水瓶を自社で製造することで事業を垂直的に統合しました。コティ社の香水瓶は、ルネ・ラリックという「宝石マイスター」によってデザインされていました。

 香りの良さもさることながら、いかに販売するのか?そういったパフォーマンスや流通形態に、その秘密が隠されていると言っても過言ではありません。

●女性にとっての無上の栄光

 電気と写真技術の出現、さらに鏡の質の向上により、人々は以前よりも「視覚的自己意識」を高く持つようになりました。つまり、見た目が悪ければ、良い香りをまとっても意味が無いと思い始めたのです。人々は自分の外見にそれまで以上に気を配り、ケアするようになりました。

 今日の美容業界の企業の多くは、ヘアケアの分野から始ままっています。19世紀半ば前までは、女性は自宅でヘアスタイルを整えていました。しかし、1853年、ナポレオン3世の皇后ウジェニー・ド・モンティジョが自分の髪形を整えるために王室美容師を雇ったことで、女性のためのヘアサロンが大流行しました。

 また、1870年代には、上流階級を顧客とした「高級ヘアサロン」がパリに現れ、19世紀の終わりにはパリは数え切れないほどのヘアサロンでひしめくようになったのです。

 それと同時に、ヘアアイロンの初期型を発明したフランソワ・マーセルや、パーマをかける様々な手法を生み出したシャルル・ネスレなど、新しい手法を考える企業家が現れました。

 ヘアサロンは美容製品を売り込む絶好の場でした。フランツ・シュトレイヤーは、かつら用のヘアネットを発明し、ウエラ社を立ち上げました。ハンス・シュワルツコフは、初めてパウダーシャンプーを開発しただけでなく、「シャンプー」という名前をヒンディー語から作り出し、広めました。

 ウージェンヌ・シュエレールは毛髪染料を大幅に進化させ、ロレアル社を設立し、ヘアスタイルに関するニュースレターを発行したり、美容師学校を設立したりしました。

 1914年のアメリカでは、アフリカ系アメリカ人女性のミリオネアが2人誕生しました。自力で大成した女性ミリオネアはこの2人が初めてでした。アニー・マローンとマダム・CJ・ウォーカーの2人はそれぞれ独立して仕事をし、それまで他の美容製品の企業が無視していた市場である、黒人女性向けのヘアケア製品を提供するビジネスを立ち上げ、成功を収めたのです。

 “The First Impression Is The Best”ということわざがあります。ここに書かれている事がその起源ではないとは思いますが、確かに香りだけでは自らを美しく見せる事はできないのは当然です。視覚の上では、確かにヘアスタイルは重要です。ですから、スキンケアと、ほぼ同時にヘアケアが登場したというのも、うなづける話だと思います。【エグゼクティブブックサマリー】

(ITmedia エグゼクティブ)